カメラなしで水中の泳ぎがわかる!?

〜 ウエアラブルコンピュータとPCソフトからなる競泳トレーニング用結果表示システムの開発 〜

2007/6/12より公開 最終更新2007/6/12


東京工業大学(大学院情報理工学研究科 中島 求 准教授および研究室学生),慶應義塾大学(大学院政策・メディア研究科 仰木 裕嗣 准教授および研究室学生),アーズ株式会社(佐藤 光 代表取締役社長)の研究グループは,ウエアラブルコンピュータとPCソフトウェアからなり,カメラなしで水泳中の泳ぎの動作を計測・表示できる,画期的な競泳トレーニング用結果表示システムを共同開発致しました.

現在,トップレベル選手の近代的な競泳トレーニングにおいては,水中で手がどのように水をかいて推進力を得ているか,すなわち泳ぎの動作の把握が非常に重要です. このため,従来は,主に次の2種類の方法が行われてきました.

(1) 一般的なハンディビデオカメラを水中用パックに入れ撮影する.
(2) 2台の水中固定カメラをプールに設置して,三角測量の原理により,選手の体の特徴点(関節など)の三次元座標をコンピュータにより算出する(このようなシステムは三次元動作解析システムと呼ばれています).

しかし,(1)の方法は手軽ですが正確さに欠けます. また(2)の方法は(1)よりはずっと正確ですが,それでもトップ選手の好調時と不調時の違いなどの微妙な差を計測するにはまだ精度が十分とは言えず, また,設置,撮影,および撮影の後処理(ビデオフレームの1画面ずつ手動で特徴点をマウスクリックしていく処理)すべてが非常に大掛かりで,普段のトレーニングに気軽に用いることはできませんでした.

上記の問題点を解決すべく開発された本システムでは,カメラは一切用いません.そのかわり,以下の図1,図2に示す,選手が手首に装着する腕時計型のウエアラブルコンピュータが選手の泳ぎの動作を計測します.

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図1 腕時計型ウエアラブルコンピュータ

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図2 腕時計型ウエアラブルコンピュータ(装着したところ)

本ウエアラブルコンピュータの心臓部は,マイコン,動作計測用3軸加速度センサ,データ記録用Flashメモリー,データ転送用無線モジュールを1円玉大の大きさに収めたメインチップです(図3).

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図3 ウエアラブルコンピュータメインチップ

さらに動作計測用の3軸ジャイロセンサとバッテリーを防水ハウジングに収め,腕時計並みの大きさを実現しています. 本ウエアラブルコンピュータを手首部に装着して泳げば,泳いでいる際の手首部の運動が計測され,ウエアラブルコンピュータ内のメモリーに記録されます. ただし計測されるのは3軸の加速度・角速度の時系列信号であり, それらの信号を選手やコーチにわかりやすい形で提示する必要があります. そのため,本システムでは,計測データをトレーニング後に陸上のPCに無線転送し,計測データから求めた水中動作をアニメーションで表示するPCソフトウェアも開発致しました(図4).

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図4 結果表示ソフトウェア(二つの動作の比較画面)

ムービーにおいて,紫色で表されているのが選手の手と前腕(肘から手首の部分)で,平泳ぎの左手の動作を横から見たところです. 二つの手が表示されていますが,これは二つの動作データを重ねて表示しているところで,例えば,好調時に比べて不調時にはどう泳ぎが変わっているのか,疲れてくるとどう泳ぎが悪くなるのかなどを,選手やコーチが直感的に把握することができます. なお技術的には,3軸の加速度・角速度信号から動きを復元することは,信号に誤差が蓄積してしまうため大変困難でした.本研究ではこの問題を,泳ぎの動作は反復動作(人間から見れば同じところに戻ってくる動作)であるという仮定を利用して動作復元を行う,独自のアルゴリズムを開発して解決致しました.

さらに,ただ動きを表示するだけではありません. 中島准教授らがすでに開発している, 水泳人体シミュレーションモデルSWUM(スワム)との連携により, 水をかいている最中に手や腕に働く水から受ける力(流体力)を算出して 表示する機能も実現致しました(図5).

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図5 結果表示ソフトウェア(流体力表示画面)

SWUMとは,水泳中にスイマーの体の各部にどれだけの流体力が働くかを時々刻々算出する,最新の力学シミュレーション技術です. ムービーにおいて,黄色い線が手から出ていますが,これがSWUMを用いて算出した,手が受ける流体力の向きと大きさを表しています. また1周期の平均の推進力なども算出されます. 本機能により,手が発生する推進力が算出可能となり,さらに疲れてくるとどれぐらい推進力が低下するかなど,これまでのカメラ撮影だけではわかりえなかった定量的情報を選手やコーチが得ることができます.

なお今回開発したシステムは試作段階であり,まだ課題が残されています. まず動作復元のアルゴリズムや動作計測センサを改良し,精度をより向上させることが必要です. またソフトウェアについても,実際の選手やコーチがより簡単に使えるよう,使い勝手を向上させる必要があります. しかし,これらの課題が解決されれば,本システムは近い将来の競泳トレーニングにおける強力な支援ツールとなると考えています.

本研究に関するお問い合わせは,東京工業大学 中島 求 准教授までメールにてご連絡下さい.

なお本研究は旭硝子財団自然科学系研究助成の支援を受けました. 記して謝意を表します.

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