「シミュレーションでわかる
水泳の力学」

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クロール

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クロール


はじめに
クロールは最も一般的で,最も速く泳げる泳法として知られていますが, 動作としては結構複雑で,力学的にも扱いが難しいです. ここでは,クロールの力学におけるいくつか特徴的な点を見ていきましょう.

手の推進力
まず「スイム?スワム?スワム!」でクロールを呼び出しましょう. ソフトを起動して「泳ぎかたをえらぶ」→「クロール」の順にクリックします. クロールのアニメーションが出てきたと思います. ここで,体中から赤い線が出ているのがわかると思います. この赤い線は,体のその部分が水から受ける力を表しています. 赤い線の向きが力の方向,赤い線の長さが力の大きさに対応します. 例えば下の図のような場合,手先は画面上で見て左上向きの力を水から受けていることがわかります(線が重なっていて見づらいので,ここでは黒い矢印で上からなぞっています).


手先が水から受ける力

ここで,一つの力は複数の力に分解することができます. 上の図では黒い矢印を横向き(進む方向)と縦向きの青と緑の二つの力に分解しています. この青の力が推進力です.

では青の力は,どのタイミングに最も大きくなるのでしょうか? ソフトを使って調べてみましょう. 「スイム?スワム?スワム!」上で「動く/止まる」をクリックして アニメーションを一時停止し, 下の図に示されているスライダーをマウスでドラッグしてコマ送りをしてみましょう.


コマ送りするためのスライダー

じわじわとスライダーを動かしつつ,上で述べた, 力の横向きの分の大きさを,左腕について見ていきましょう. ただし,推進力は,手先だけでなく,手全体, さらにはひじから先の腕(前腕と言います)でも発生していることがわかると思います. それらの力の合計がどのあたりで最大になるか,目分量でよいので読み取ってみましょう.

どうでしょうか? 4.48かきめあたりで最大になったかと思います. これはいわゆる「プッシュ」と呼ばれる局面です. 文字通り水を「押す」わけですね. また,良く見てみると, 手の推進力は4.43かきめあたりで小さなピークを迎えていることがわかります. これは「プル」と呼ばれる局面です.水を引っ張ってかき寄せるわけです. この2回のピークの大きさは選手によってまちまちで, はっきりとした2回のピークが見られる選手もいれば, ピークが見られない選手もおり,いちがいにどちらが良いとは言えません.

いずれにしろ,手による推進力は, プルとプッシュの動作によって生み出されていることがわかりました.

足の推進力
手(と腕)が生み出す推進力について見てきました. では足が生み出す推進力についてはどうでしょうか? 手のときと同じように「スイム?スワム?スワム!」を使って, 足が水から受ける力を見てみましょう.

どうでしょうか? 手の場合と違い,足の方は水から受ける力の横向きの分は,前を向いている(推進力となっている) ときもあれば,そうでなく後ろを向いているときもあることがわかると思います. 推進力が出ているのは,例えば右足なら4.26かきめの時です. この時,つま先が思い切り伸ばされています. この時には,このようにつま先が良く伸びることが大切です. そのため,競泳選手の中には, 普段からこの関節を伸ばすよう,日ごろからストレッチする場合もあるようです. つま先が十分伸びていないと,力の横向きの分が前を向きません.

では「スイム?スワム!スワム!」を使って, この関節の重要性を確認してみましょう. ソフトを起動し,クロールを呼び出してから, 左側メニューの「じょうけんを変えてシミュレーションする」 をクリックしてください. そして右側の条件をスクロールさせて,下の図のように, 「足首の曲げ」の項目が見えるようにします. (この項目があるのは,ソフトのバージョンが1.1以上です. 1.0には無いので注意してください.) そして,スライダーをドラッグさせて,0から30(度)に変えてみましょう.


足首の曲げを変える

変えてみると,足首が伸びきらなくなっているのが, 左側のアニメーション画面でわかると思います. ではこの条件でシミュレーションしてみましょう. 「この条件でシミュレーションする!」をクリックしてシミュレーションを 開始し,結果が出るまでしばし待ちます.

どうでしょうか?もとの泳ぎの泳ぎの速さ(秒速1.179メートル)と エネルギーの効率(21.31パーセント)と比べると, 泳ぎの速さも遅くなり,エネルギーの効率は半分以下にまで 低くなっているのがわかると思います. また,足が水から受けている力を見てみると, ほとんどつねに,後ろ向きにしか出ていないことがわかります. これでは,いくら頑張ってけっても, 抵抗(推進のさまたげ)にしかなりません. 足首の関節のやわらかさの大切さがわかっていただけたのではと思います.

~ やってみよう ~
上の例では,足首の関節の曲げが30度のときだけを見ました. もう少し小さい場合や,大きい場合など,いろいろな場合をシミュレーションしてみて, 泳ぎの速さやエネルギーの効率がどのように変化するか見てみましょう. また,できれば,横軸を曲げの角度,縦軸を泳ぎの速さやエネルギーの効率にして, グラフにしてみましょう.

バタ足の役割
上の例では,たとえ足首が十分やわらかくても, バタ足では推進力が出たり出なかったりになることを見ました. 出たり出なかったりということは,時間で平均すれば, トータルではほとんど出ないということになります. これは必ずしも,バタ足では推進力が出ないということではありません. げんに皆さんバタ足だけで進むことができますよね. これは,クロールの場合,手による推進力が大きいため, バタ足による推進力で出せるスピードより速く泳いでしまっていて, その結果として,バタ足による推進力が無いように見えるということなのです. この説明を船を使って表した図を下に示します.


クロールでの手と足の推進力の関係

前側の大きいスクリューが手,後ろ側の小さいスクリューが足に対応しています. この船は,前側の大きいスクリューが無くても, 小さいスクリューだけでも進みます. しかし,大きいスクリューがあると, 小さいスクリューだけのときより,ずっと速く進むことができるので, その速さのときには,小さいスクリューを回しても, 小さいスクリューはほとんど推進力を出しません. ただ,止めてしまうと抵抗になってしまうので, 小さいスクリューも,回したほうが良いことは間違いありません.

クロールの手と足についても同じことが言えます. バタ足は,バタ足だけで進むことができますが, バタ足よりも手のかきによって得られる推進力の方がずっと大きいので, 見かけ上は,それほど推進力になっていないように見えます. しかし,バタ足をした方が良いことには間違いありません.

また,バタ足には推進力以外にも役割があります. 「スイム?スワム?スワム!」でクロールのアニメーションを見てみると, 足が水から受ける力は,足を打ち上げる時の下向きの力より, 足を打ち下ろす上向きの力の方が大きいことがわかります. この上向きの分により,下半身を持ち上げる効果が発生します. 人間の体は水より少しだけ重いので,ほうっておくと沈みます. 上半身には肺があり,肺の中の空気が浮き袋の役割をして浮きますが, 下半身は沈むいっぽうです. そこでバタ足をおこなうと,力強くけり下ろすことによって, 下半身を持ち上げる上向きの力を生み出すことができます.

では「スイム?スワム?スワム!」で,バタ足をあまり打たないと どうなるか見てみましょう. クロールを呼び出し,「じょうけんをかえてシミュレーションする」をクリックし, 右側の項目の中から「キックの大きさ(倍)」を出して 1.0 から 0.5 にします. そして「このじょうけんでシミュレーションする!」をクリックしてシミュレーションを開始します.

どうでしょうか? ずいぶんと下半身が沈んでしまったのがわかると思います. また,泳ぎの速さやエネルギーの効率も低くなってしまいました. このように,バタ足には推進力以外にも,下半身を持ち上げるという 重要な役割があります. そのため,やはりしっかりとキックすることが重要と言えるでしょう.

~ やってみよう ~
バタ足の大きさについて,0.5倍だけでなく, 1.0倍より少しずつ大きくしたり小さくしたりしてシミュレーションしてみましょう. 泳ぎにどのような変化が見られるでしょうか? できれば,泳ぎの速さや推進効率もグラフにしてみましょう. ただし,クロールは左右にローリングしながら進む, もともと不安定な泳ぎかたであるため, 条件によっては, シミュレーションでも安定に泳がないときもあると思います. 実際には,スイマーは安定に泳げるように無意識に泳ぎかたを 変えて調節しているわけですが, シミュレーションでは純粋にバタ足だけの大きさを変えるので, バランスが崩れてしまうわけですね.

ローリングのしくみ
クロールでは,体を左右に回転させる,ローリングと呼ばれる動きが特徴的です. このローリングは,どのようにして起きるのでしょうか? 「そんなの体をひねってるだけでしょ」と思うかもしれませんが, 本当にそうでしょうか? 「スイム?スワム?スワム!」で,あらためて体の動きを見てみましょう. まずソフトを起動して,クロールを呼び出します. そしてアニメーション画面の上で,マウスを右にドラッグして (マウスの左ボタンを押したままマウスポインタを右に動かして), 下図のように前から見てみましょう.


クロールを前から見たところ

結構大きな角度でローリングしていることがわかりますね. ではこのときの「体だけの動き」を見てみましょう. そのためにはまた「じょうけんをかえてシミュレーションする」をクリックします. この画面でのアニメーションは「体だけの動き」を表示しています. つまり,ここではまだ泳いでいなくて,ちょうどゼンマイじかけの人形のように, 手足が動いています. シミュレーションを開始すると, この人形をジャボンと水につけたら人形は水の中でどう動くかを計算しているわけです.

ここで注目してほしいのは, このとき,胴体のひねりの動きはまったく無いということです. しかし,この人形を泳がせたら, さきほど見たシミュレーション結果のアニメーションのように, 体がローリングするわけです. つまり,胴体の関節の動きとしては全くひねったりしなくても, 泳ぐと,結果的に,体全体がローリングするということです. もちろん,さらに胴体をひねれば,それは動きとして入ってきますが, それでも,ローリングを起こしている主な原因は, 胴体自体のひねりではなく,体全体の回転と考えられています.

さらに意外なことに,この体全体の回転を起こしているのは, 「腕の浮力」と考えられています. つまり,右腕を水中に突っ込むと,右腕に浮力が働き, 体の右側を起こそうとする回転の力が起こります. 逆に左腕を水中に突っ込むと,左腕に浮力が働き, 体の左側を起こそうとする回転の力が起こります. この繰り返しで,シーソーのように,ローリングが起きるわけです. この説明は,実際のスイマーを使った実験でも確かめられていますし, 私達のシミュレーションでも同じような結果が得られています. 胴体をひねらせているのが腕だなんて,なんだか不思議な話ですね.

(クロールの項終わり)